シューベルトのアヴェ・マリア誕生の背景『湖上の美人』とあわせて詳しく解説!

クラシック音楽にあまり馴染みが無くても、シューベルトの『アヴェ・マリア』は、どこかで聴いたことのある曲ではないでしょうか。

「優しく包み込まれるような美しいメロディー」「聴いているだけで心が洗われるような清らかさ」そんな印象を持つ人も多いのではないかと思います。

シューベルトの『アベマリア』は、「キリスト教の礼拝の歌(聖歌)」として作られたわけではないことを知っていますか?
そこにはある美しい物語と、若き天才作曲家シューベルトのドラマが隠されているのです。

今回は、ピアノ講師としての視点も交えながら、シューベルトの『アヴェ・マリア』がどんな曲なのか、その誕生の背景や歌詞に込められた意味、そして子どもたちに教えるときのポイントまで、分かりやすく丁寧に解説します!

 シューベルトの『アヴェ・マリア』ってどんな曲?

まずは、この曲の基本的なプロフィールから見ていきましょう。

シューベルト『アヴェ・マリア』のなりたちは?

  • 作曲者:フランツ・シューベルト(1797~1828)

  • 作曲年:1825年頃(シューベルト28歳頃の作品)

  • 元のタイトル:『エレンの歌 第3番』(Ellens Gesang III)作品52-6

  • ジャンル:歌曲(ピアノ伴奏付きの独唱曲)

『アヴェ・マリア』という曲名で広く知られていますが、シューベルトがつけた本来の曲名は『エレンの歌 第3番』といいます。
シューベルト自身はでドイツ語を歌詞にしていましたが、のちの人々によってラテン語の聖歌の祈り「アヴェ・マリア」に置き換えられて歌われるようになり、世界中に広まっていったのです。

 誕生の背景・実は「キリスト教の聖歌」ではなかった?

「アヴェ・マリア(Ave Maria)」とは、ラテン語で「めでたし、マリア」という意味で、聖母マリアへの祈りの言葉です。
そのため、シューベルトの『アヴェ・マリア』も教会で歌われるために作られたと思われるかもしれかせんが、実はイギリスの文学作品がきっかけで誕生したのです。

シューベルトの『アヴェ・マリア』はスコットランドの叙事詩「湖上の美人」によるもの

当時ヨーロッパで大ベストセラーになっていたウォルター・スコットの叙事詩(ストーリー性のある長い詩)『湖上の美人(The Lady of the Lake)』を読んだシューベルトが、その詩に感動して曲をつけたものです。

ウオルター・スコットの叙事詩『湖上の美人』のあらすじ

物語の舞台は16世紀、ハイランド地方と呼ばれるスコットランドの美しい山岳・湖水地帯です。 当時のスコットランドは、国王の権力を強めようとする「王家」と、領地を支配する「土着の部族(ハイランダー)」が激しく対立し、いつ戦争が起きてもおかしくない緊張状態にありました。

『湖上の美人』 謎の騎士と、湖の美しい少女の出会い

ある日、カトリン湖のほとりで鹿狩りをしていた高貴な騎士ジェイムズ・フィッツ・ジェイムズが、道に迷ってしまいます。
困り果てていた彼の前に、一艘の小舟に乗って現れたのが、息をのむほど美しい少女エレンでした。
エレンは道に迷った彼を快く迎え、湖の島にある隠れ家へと案内します。

『湖上の美人』エレンの複雑な人間関係

実は、エレンはただの田舎娘ではありませんでした。
エレンの父親であるダグラスは、かつて国王の寵愛を受けた最高位の貴族でしたが、政争に巻き込まれて失脚し、現在は王から命を狙われる「お尋ね者」としてこの地に身を隠していたのです。

そんなエレンには、部族の屈強な首長であるロデリック・ドゥという婚約者がいました。
ロデリックはダグラス親娘を匿ってくれている恩人ですが、性格は極めて粗暴。
エレンには別に、マルコムという相思相愛の若い恋人がいたため、彼女はロデリックとの結婚を拒んでいました。

『湖上の美人』 迫り来る戦火と、洞窟での祈り(アヴェ・マリア)

やがて、国王の軍隊がダグラスや部族を討伐するために、この湖にまで進軍してくるという知らせが入ります。
激しい戦火から逃れるため、エレンと父親のダグラスは、島を離れてさらに険しい山奥の「ゴブリンの洞窟」へと身を隠すことになりました。

明日をも知れぬ恐怖、自分たちのために戦争が始まってしまうという罪悪感、そして愛する恋人マルコムや父親の身を案じる不安。
張り裂けそうな心を抱えたエレンは、洞窟の冷たい岩肌に立てかけられた聖母マリアの絵に向かって、静かにハープを奏でながら祈りを捧げます。 ――この、絶望の中で気高く歌われた祈りの言葉こそが、シューベルトの『アヴェ・マリア』なのです。

『湖上の美人』騎士とはいったい誰だったの?

その後、父親のダグラスは「これ以上、自分のせいで周囲に血を流させたくない」と、自ら国王のいるスターリング城へ出頭してしまいます。
エレンもまた、父を救うために城へと向かいます。

万事休すかと思われたその時、かつて道に迷い、エレンに命を救われたあの騎士フィッツ・ジェームズが再び現れます。
実は、彼こそが「スコットランド国王ジェームズ5世」その人だったのです。

お忍びで各地を旅していた国王は、ダグラスの忠誠心と、エレンの純粋で勇敢な心に深く心を打たれます。
最終的に国王はダグラスへの誤解を解いて罪を許し、エレンと恋人マルコムの結婚を祝福して、物語はハッピーエンドを迎えます。

この「エレンが洞窟で聖母マリアに祈る場面」を『アヴェ・マリア』としてシューベルトが作曲したのです。

激しい戦いの予感が漂う中、汚れなき少女エレンは、父親の安全と自分たちの救いを求めて、純粋な心で聖母マリアに祈ります。

「処女(むすめ)よ、聖母マリアよ、私たちの祈りを聞き届けてください……」

洞窟の冷たい岩の上で、不安に震えながらも、信仰を支えに気高く歌うエレンの姿が、あの美しいメロディーに凝縮されています。

歌詞の冒頭に「Ave Maria(アヴェ・マリア)」や「Jungfrau(ユングフラウ=処女・乙女)」とあるのは、エレンが聖母マリアに呼びかけている言葉なのです。

シューベルトの人生と『アヴェ・マリア』の誕生秘話

この曲が作られた1825年当時、シューベルトは28歳。彼は31歳という若さでこの世を去ってしまったため、彼の人生の中では「晩年」に近い、精神的に非常に成熟した時期に書かれた作品です。

シューベルトは若い頃からお金に困ることが多く、病気にも悩まされ、決して幸福に満ちた平坦な人生ではありませんでした。
しかし、この『アヴェ・マリア』を作曲した1825年の夏は、友人たちとオーストリアの美しい山々や湖を巡る旅に出ており、彼の人生の中でもっとも穏やかで充実した幸福な時間だったと言われています。

シューベルト自身も、この曲にはかなりの手応えを感じていたようで、友人への手紙に次のように書き残しています。

「私の新しい歌(エレンの歌)は、人々の心をひどく揺さぶるようだ。皆が私の曲を聴いて感動し、驚いている。それはきっと、私が無理に宗教的な賛美歌を作ろうとしたのではなく、自然と湧き上がる敬虔(けいけん)な気持ち、祈りの心をそのまま曲に込めたからだろう」

意図して作ったものではないからこそ、200年以上経った現代の私たちの心にも、スッと自然に染み渡るのかもしれませんね。

三大『アヴェ・マリア』と言われている曲は?

『アヴェ・マリア』には「三大アヴェ・マリア」と呼ばれる有名な3つの作品があります。それぞれの特徴を簡単な表にまとめました。

作曲者 時代・特徴 曲の雰囲気
シューベルト

ロマン派(1825年)

 

元々は物語の挿入歌。ロマンチックでエモーショナルな美しい旋律。

穏やかで、静かに感情が込み上げてくるような美しさ。
ソプラノで歌われる『アヴェ・マリア』は天上から聴こえるよう。
グノー

ロマン派(1859年)

 

大先輩バッハのピアノ曲に、グノーが美しいメロディーを重ねて作ったコラボ作品。

神聖で、教会に光が差し込むような明るさと透明感。
落ちついた雰囲気。
カッチーニ

バロック風(※実際は20世紀の作品 本当の作者はウラディーミル・ヴァヴィロフというロシアの作曲家ということです)

 

「アヴェ・マリア」という言葉だけで切々と歌い上げる哀愁漂う曲。

哀愁を帯びたマイナー(短調)の響きで、ドラマチック。

同じ「アヴェ・マリア」という祈りの言葉をテーマにしていても、シューベルトの作品は「一人の少女の心の内にある、静かで深い祈り」が表現されているのが大きな特徴ではないでしょうか。

 『アヴェ・マリア』音楽的な魅力とソプラノ歌唱の美しさ

この『アヴェ・マリア』は、歌の背景にある「エレンが奏でるハープのようなピアノパート」と「息の長いメロディー」が一体となって、情景が浮かび上がるように聴こえてきます。

『アヴェ・マリア』寄せては返すさざ波のようなピアノパート

曲の最初から最後まで、ピアノは16分音符の細かい分散和音(コードをバラバラに弾く弾き方)を刻み続けます。これは、湖の静かなさざ波、エレンが奏でるハープや、不安に揺れる少女の心の動きを表現しているのではないでしょうか。

シューベルトの歌曲はピアノパートが、内包されている物語性を表現していてドラマ性が際立っています。
これがシューベルトの歌曲の芸術性を高めているのだと言われています。

『アヴェ・マリア』天上へと昇っていくソプラノの響き

私が初めてソプラノ歌手による生の演奏を聴いたとき、本当に「天上の歌だ」と鳥肌が立ちました。
メロディーはとてもシンプルですが、一息で歌いきるのが難しいほど、長くなだらかなフレーズが続きます。
声が高く伸びていく瞬間は、神様への祈りが空へと昇っていくように感じられました。

派手な展開はありませんが、その中に隠された「心の揺れ」や「切なる願い」が聴こえ、強い感動があります。

 『アヴェ・マリア』子どもたちに伝えるときの3つのポイント

ピアノのレッスンや、お家で子どもたちにこの曲を紹介するときは、ただ「綺麗な曲だね」で終わらせず、次のようなアプローチで伝えてあげると、想像力がぐっと膨らみます。

「もし自分が怖い場所にいたら?」を想像してみる

子どもたちに「暗い洞窟の中に、たった一人で閉じ込められたらどんな気持ち?」と問いかけてみてください。

「怖い」「不安」という答えが返ってくるでしょう。「この曲はね、そんな暗闇の中で、神様に『どうか助けてください』って心からお願いしている女の子の歌なんだよ」と伝えると、曲の持つ切なさと優しさを肌で感じ取ってくれるでしょう。

『アヴェ・マリア』ピアノの音から「ハープ」や「水」の音を探す

伴奏のサラサラとした音を聴かせて、「何のアニメのBGMみたい?」「何が流れる音に聞こえる?」と一緒に探してみましょう。「水が流れる音」「ハープの音」というヒントを出すと、子どもたちは耳を澄ませて音楽を聴くようになります。

「言葉がわからなくても心は伝わる」

この曲はドイツ語やラテン語で歌われますが、歌詞の意味がわからなくても「優しい気持ちになる」「寂しい気持ちになる」ということは子どもにも分かります。
「音楽は言葉の壁を超える世界共通の言葉なんだよ」ということを教えるのに、これ以上ぴったりの曲はありません。

シューベルト『アベマリア』は時代を超えて愛される「祈りの歌」

シューベルトの『アヴェ・マリア』は、ただ美しい音楽というだけではありません。

それは、激しい運命に翻弄された少女の純粋な祈りであり、旅先で心の平穏を得たシューベルト自身の魂の声でもあります。

誕生の背景や物語のあらすじを知ると、あの美しいメロディーがまた一味違って聴こえてくるでしょう。

心が疲れたとき、静かに心を落ち着けたいとき、ぜひお子さんと一緒にこの美しい「天上の歌」に耳を傾けてみてくださいね。

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