バロック音楽の気品と、どこか切ない哀愁が漂う名曲が、ヘンデルの「サラバンド」です。
クラシックはあまり聴かないという人でも、映画の劇中音楽やCMで耳にしたことがあるのではないでしょうか?
ヘンデルの曲とは知らなくても、これがヘンデルのサラバンドだといわれると「ヘェ~聴いたことある!ヘンデルの曲なんだ」となるかもしれません。
300年以上も前に書かれたこの曲が、なぜ私たちの心に感銘をおこさせるのでしょうか
?
今回は、バロック音楽の持つ独特な気品と、名作映画「バリー・リンドン」との切っても切れない関係について紐解いていきたいと思います。
最後まで読むとサラバンドって何?、ヘンデルのサラバンドがどうして映画の音楽になったの?という疑問が解けるかもしれませんよ。
ヘンデルのサラバンドとは?
このサラバンドはドイツ出身の音楽家ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル(1685~1759)が作曲した「ハープシコード組曲第2集」二短調(HWV437 )第4曲 です。
もともとはハープシコード(チェンバロ)のために書かれた独奏曲ですが、今はオーケストラに編曲されたものが、広く演奏されて有名になりました。
鍵盤楽器用ですから、当然ピアノでもよく弾かれ、初心者のピアノレッスンでも取り上げられます。
組曲とは複数の小曲、舞曲などを組み合わせて連続して演奏される器楽曲の形式です。
バロック音楽の時代に発展し、ヘンデルも王室のお姫様のレッスン用にたくさん書いています。
このニ短調のサラバンドは荘厳な雰囲気が弾く人、聴く人の心を安らかに整える力があります。
ニ短調という調はもっとも悲しい調といわれています。
泣き叫ぶような感じではなく、静かに悲しみをかみしめているような、哀愁を帯びた調なのです。
シンプルに繰り返される低音(バッソ・オスティナート)の上で、変奏されるメロディーが、まるでバロック時代の建築物のような重々しさを感じさせます。
この雰囲気が魅力となって、映画の劇中音楽やCMでも多く取り上げられているのでしょう。
サラバンドってどういう曲?
サラバンドは、バロック音楽の組曲のなかで、中心になるような重要な舞曲です。
しかし、そのルーツをたどると意外な事実がありました。
初期のサラバンドは、スペインや南米などのラテン系の音楽で、テンポも速く情熱的。
時には「卑俗」な音楽だとして禁止されるほど、活発なダンスだったそうです。
それが、のちに宮廷に取り入れられ、ヘンデルが活躍した18世紀には、「きわめてゆったりとした、荘厳な儀式的舞曲」として変貌していきました。
サラバンドの特徴
サラバンドの最大の特徴は、独特なリズムにあります。
通常の3拍子は一拍目にアクセントが置かれますよね。
でも、サラバンドは「1,2(ターン)3」と2拍目を長く引きずるように演奏されるのです。
この2拍目でダンスの動きが一瞬止まるようなイメージを思いうかべると、分かりやすいかもしれません。
このリズムが優雅さと重厚さを生み出して、時には悲劇的なものを感じさせることもあります。
そしてテンポはルーツのダンスが想像できないほど、ゆったりしているのです。
映画「バリー・リンドン」の監督が愛した運命の音楽
バロック時代の優雅な舞曲、サラバンドに「宿命」という役割を与えたのは、映画界の巨匠スタンリー・キューブリックでした。
1975年に公開された映画「バリー・リンドン」は、50年以上も前に制作された映画ですが、人生の普遍的な課題をあつかって古さを感じさせません。
18世紀ヨーロッパを舞台としたこの映画において、ヘンデルのサラバンドは単なるBGMではありません。
物語の核心を突く重要な役割を与えられているのです。
徹底した「本物」への執念をバロックの美で、キューブリック監督のこだわり
映画「バリー・リンドン」は「18世紀の空気感をそのままフィルムに収める」という監督の信念で、夜の室内シーンをろうそくの光だけで撮影しています。
この暗闇の中に当時の絢爛豪華な建物、装飾を施した衣装、貴族のぜい沢な生活などがまるで絵画のように浮かび上がります。
そしてそこに重なりあうようにして、聴こえてくるのがヘンデルのサラバンドなんです。
オーケストラによって重厚にアレンジされた「サラバンド」はチェンバロの繊細な響きではなく、低音の弦楽器の唸り、ティンパニーの連打に何か不吉なものを感じさせ、「この物語はハッピーエンドには終わらない」という予感を与えます。
繰り返される「葬送行進曲」
映画のタイトル・ロールに流れる音楽がヘンデルのサラバンドです。
管弦楽に編曲された重々しく荘厳な響きが、これから始まるドラマが尋常でないことを予感させます。
3時間以上に及ぶ長い物語は休憩をはさんで二部構成になっています。
第一部
レドモンド・バリーはいかなる手段によって、バリー・リンドンとしての生活と称号を勝ち得たか
物語の主人公、レドモンド・バリーはアイルランドで生まれ育ちます。
レドモンドは子供のころに、お父さんを決闘で亡くしています。
親戚に助けられながらも成長したバリーは、従姉(いとこ)の女性に恋をし、恋敵の大尉と決闘となって、村を追放されてしまいました。
そして軍隊に紛れ込み、5年間軍人生活を送るのですが、上官を助けたことで人生が一転します。
この上官は叔父の警察署長と一緒になって、バリーに賭博師のバリバリーを調べろと。
バリーは、スパイとして使われる羽目になるのですが、ひょんなことから賭博師と親しくなり、二人で貴族相手にいかさま賭博をしながら放浪します。
ここではバロック時代の貴族の堕落した生活が描き出されますが、その中でバリーの欲望は目覚めていくのです。
第二部
次々と降りかかる不運と災厄について
バリーは未亡人となった財産家の貴族女性レディー・リンドンと結婚し、イギリス国王からバリー・リンドンの称号を得ることができました。
しかし、それは幸せとは言えないものでした。
バリーの欲望はとどまることがなく、妻の財産を浪費していきます。
そんな中、まだ幼少だった最愛の息子を落馬事故で失い、その葬儀のときにもボリュームを落とした、悲しげな演奏でサラバンドが…。
バリーの落胆は激しく、酒におぼれるようになって自暴自棄になっていきます。
この第二部では、ヘンデルのサラバンドが繰り返し現れるのです。
どんなにバリーが成功への階段を昇ろうとも、背後では常にあの「2拍目に置かれたリズム」が流れているのです。
それはまるでバリーの背後に忍び寄る「死」や「没落」の足音のようにも聴こえます。
またバリーの傲慢、狡猾、非情を裁く「葬送行進曲」のように聴こえる気もします。
決闘の後に訪れたもの
映画「バリー・リンドン」でヘンデルの「サラバンド」がもっとも残酷に、そして印象的な美しさで響くのが、物語の終盤に現れる納屋での決闘です。
成長した義理の息子(妻の連れ子)ブリンドン卿は、子供の頃からバリーに虐待されていたことを恨んでいました。
バリーによる虐待、財産を使い尽くす放蕩などを激しく憎んでいた彼は、バリーに決闘を申し込むのです。
この時もヘンデルのサラバンドが流れます。
キューブリック監督の意図するところをよりリアルに演出しているのが、ヘンデルのサラバンドなんですね。
エンディングの音楽もまた映画「バリー・リンドン」のために編曲されたというヘンデルの「サラバンド」。
ドラマのタイトルで流れた同じ音楽なのに、ずっしりと重みを感じるのは、映画の与える心理的な変化なのでしょう。
最後は楽器も音量もボリュームを落として、サラバンドは悲痛な心の声となり、寂しく去っていくバリーの姿が重なります。
おわりに
ヘンデル「サラバンド」の≪チェンバロ版≫と≪オーケストラ版≫を聴き比べて、その表情の違いを楽しんでみて下さいね。

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