クラシック音楽と聞くと、「曲が長くて難しそう」「眠くなってしまう」というイメージを持つ人も多いかもしれませんね。
でも、そんなイメージをたった1分で覆してくれる魔法のような曲があるのです。
それが、フレデリック・フランソワ・ショパンの『子犬のワルツ』です。
あの軽やかなメロディを誰もが一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
でも、軽やかさの裏側にショパンのプライベートな素顔や、当時の切ない人間関係が隠されているのを知っていますか?
今回は、クラシック初心者の方に向けて、この名曲がもっと愛おしくなる「背景と意外なエピソード」を解説します。
ショパンの「子犬のワルツ」ってどんな曲?
この曲の正式な名前は『ワルツ第6番 変ニ長調 作品64-1』といいます。
「なんだか難しそうな名前……」と感じるかもしれませんが、クラシックの世界では、作曲者或いは後の世の人が付けた愛称よりも、作品につける番号で管理されるのが一般的です。
この「子犬のワルツ」はデルフィーヌ・ポトツカ伯爵夫人に献呈されました。
「子犬のワルツ」はなぜ「1分」と言われるのか
この曲のもう一つの別名は、フランス語で「ワルツ・ミニット(Valse minute)」と言われています。
英語の「Minute」には「1分」という意味と「微小な、ごく小さい」という意味の両方があります。
フランス語でも同じです。
実際に演奏される時間は1分半〜2分程度ですが、あまりのスピード感に「1分で終わってしまうほど短いワルツ」として世界中で親しまれるようになりました。
ショパンのワルツ「子犬」という名前の意外な事実
実は、ショパン自身、この曲に「子犬のワルツ」という名前を付けてはいないのです。
ショパンに「子犬のワルツを聴かせて」と頼んだら「エッ⁉なんのこと?」と言われそうです。
「子犬のワルツ」の名付け親はショパンではありません
ショパンがこの曲を出版したとき、楽譜に「子犬」という言葉は一言も書かれていませんでした。では、なぜ私たちはこの曲を「子犬のワルツ」と呼んでいるのでしょうか?
それは、この曲が広まっていく過程で、付けられたニックネームなんです。
しかし、そのニックネームが付いたのは、ショパンの私生活からくる微笑ましいエピソードがあったのです。
ショパン「子犬のワルツ」のモデルは?
このころ、ショパンにはジョルジュ・サンドという恋人がいました。
サンドは当時としては珍しい男装の女性作家でしたが、ショパンの生活上のあらゆる面と精神的にも支えていた強い女性だったのです。
サンドは体調のすぐれないショパンに、少しでも気が紛れるようにと、小さな可愛い犬を飼いはじめました。
ショパンは可愛くて気品のあるこの子犬が、たいそう気に入って「マルキ」という名前を付けてとても可愛がったそうです。
ある日、このマルキが自分の尻尾を追いかけて、クルクル、クルクルと楽しそうに回っている姿を見て、サンドは「この可愛らしい犬の動きを音楽にしてみたら?」と。
このリクエストにショパンは即興演奏で応えたそうです。
そして弾きだしたのがこのワルツの冒頭部分だと言われています。
そう言われて聴いてみると、最初の右手のトリル(細かく音を震わせる部分)が、まさに子犬が回転し始める瞬間に聴こえてきませんか?
作曲当時のショパン、華やかな曲に隠された「光と影」
曲だけを聴くと、春の光の中で子犬がよろこんで遊んでいるような、幸せな気持ちになりますよね。
しかし、この曲が書かれた1847年頃のショパンの状況は、決して「幸せ」とは言えないものでした。
ショパンとサンドは崩壊していく関係に
この時期、ショパンとジョルジュ・サンドの関係は修復不可能なほど悪化していました。
9年間一緒にいた二人でしたが、成長したサンドの連れ子たちのトラブルに巻き込まれて、お互いの価値観のズレが広がり、ぎくしゃくした関係になっていったのです。
そしてショパンの結核はますます悪化していくのですが、医者がショパンの結核をサンドには伝えなかったのか、誤診だったのか、サンドにはそれが分からなかったようです。
『子犬のワルツ』が完成した直後、二人は決定的な別れを経験します。あんなに可愛らしい曲の裏側で、ショパンの心は引き裂かれるような孤独の中にありました。
ショパンの蝕まれていく身体
さらに、当時のショパンは持病の肺結核が非常に重くなっていきました。この曲を作ったわずか2年後、彼は39歳という若さでこの世を去っています。
体が弱り、愛する人とも離れ、死の足音が近づいている……。
そんな「影」の部分を一切感じさせず、最高に洗練された、軽やかで優雅な音楽を作り上げたところに、ショパンの完璧主義的なプロ意識と天才性を見ることができます。
苦しい時こそ、音楽の中には「理想の幸福」を描き出す。それがショパンという芸術家の美学だったのかもしれませんね。
「子犬のワルツ」ここに注目!初心者のための「聴きどころ」ガイド
ただ聴き流すだけでも楽しい曲ですが、少しだけ「仕掛け」を知っておくと、聴こえ方が変わります。
冒頭は回転のエネルギー
曲が始まってすぐ、右手が同じ場所をクルクルと回るようなメロディを奏でます。
これが先ほどお話しした「尻尾を追う子犬」です。
ここではスピード感だけでなく、「子犬が目を回していないかな?」とその様子を想像しながら聴いてみるのも面白いでしょう。
中間部はちょっと一休み
曲の真ん中あたりで、急にテンポがゆったりして、歌うような優しいメロディに変わる部分があります。
ここは子犬がちょっと疲れてお休みしているところ、あるいは飼い主のサンドが子犬を優しく撫でているところかもしれません。
ショパン特有の「甘く切ない旋律」を1分間のドラマの中でも味わえるのが嬉しいですね。
最後は一気に駆け抜けるフィナーレ
最後はまた子犬が元気を取り戻し、一気に階段を駆け降りるようにして終わります。
美しさ、かわいらしさに加えてこの爽快感が、多くの人に愛される理由では無いでしょうか。
現代でも愛される「子犬のワルツ」
この曲は、現代でもピアノを習う子供たちの憧れであり、プロのピアニストがアンコールで披露する定番曲でもあります。
ショパンの「子犬のワルツ」なぜ飽きられないの?
それは、この曲が単なる「速い曲」の面白さではないからです。
ショパンの曲には、どんなに短くても「貴族のような気品」があります。ただ速く弾くだけなら機械でもできますが、そこに「子犬の可愛らしさ」や「ワルツの優雅なステップ」を込めるのは、人間にしかできない芸術です。
もしYouTubeなどで演奏を聴き比べる機会があれば、演奏者によって「子犬の性格」が違って聴こえることに気づくはずです。
元気いっぱいな大型犬のような演奏
おしゃれなリボンをつけた貴婦人の愛犬のような演奏
少し臆病で、すぐにお休みしちゃう子犬のような演奏
あなたの好みはどの子犬でしょうか?
ショパン「子犬のワルツ」で日常に「1分間の喜び」を
ショパンの「子犬のワルツ」は、過酷な現実の中でショパンが書いた、最後のかがやきのような一曲です。
勉強に疲れた時、一息つきたい時、スマホでこの曲を検索して、1分間だけ耳を傾けてみてはどうでしょう?
180年前のフランスで、一匹の子犬を見て微笑んだショパンと同じ景色が、あなたの頭の中にも広がるかもしれませんね。
この曲を聴いて「クラシックって意外と面白いかも」と思ってもらえたら、ショパンもきっと喜んでくれるでしょう。

コメント