バロック音楽の作曲家 ヴィヴァルディの生涯と作品 

バロック時代には初期、中期、後期にわたって数えきれないほどの作曲家が生まれました。
初期の代表的作曲家はクラウディオ・モンテヴェルディがいます。
中期にはルイ・クープラン、ジャン=バティスト・リュリが有名です。
そして後期バロック音楽の三大作曲家は、何といってもヴィヴァルディ、バッハ、ヘンデルでしょう。
バロックを代表する三人の作曲家の一人、ヴィヴァルディについて、その生涯と作品を詳しくみていきましょう。
聖職者としてのヴィヴァルディは、すぐれた宗教音楽をたくさん書きましたが、その他にたくさんのオペラや器楽曲も書いているのです。

ヴィヴァルディというと「あゝ知ってる!四季でしょ」という人も多いでしょう。
CMや喫茶店などで聴いたことがある人もいませんか?
特に「春」の第1楽章は明るい陽射しのなか小鳥のさえずりが聞こえ、やがてつかぬ間に春雷がやってきて、最後は鳥の声が嵐の過ぎ去ったことを知らせる…といったドラマティックな音楽が人気ですね。
この「四季」はヴァイオリン協奏曲集の中の4曲で「春」「夏」「秋」「冬」と曲名がつけられています。
それぞれ急・緩・急の3楽章でできていて、冒頭にソネットと言われる詩がついています。
その詩の情景に合わせて音楽が展開されるのです。
輝かしい弦楽器のひびきが、さまざまな情景を表現しています。
こんな魅力的な曲を書いたヴィヴァルディはどんな人だったのでしょうか?

最後まで読むとヴィヴァルディがどんな人で、どんな曲を作ったかが分って、きっとヴィヴァルディが好きになると思うよ。

ヴィヴァルディの若い時代

アントニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディは1678年にイタリアのベネツィアというところで生まれました。
お父さんはベネツィアで理髪師兼医者(この頃、理髪師が医者もやっていることが多かったそうです)を営んでいて、ヴァイオリンの名手でもありました。
お父さんはサン・マルコ大聖堂のオーケストラでバイオリニストとしてコンサートにも出演していたため、音楽仲間が大勢いました。
ヴィヴァルディは子供のころから並外れた才能をあらわしていたので、彼らから音楽を学びその才能に磨きをかけたということです。

ヴィヴァルディが生まれたバロック時代は階級がはっきりわかれていて、貴族が力を持っていたのです。
お父さんは平民のヴィヴァルディが世に出て認められるためには、聖職者の道に進むのが良いと考えていました。
そこでヴィヴァルディのお父さんは、彼が10歳の時に神学校に入学させます。
そして25歳で司祭となり、ベネツィアのピエタ慈善院付属音楽院でヴァイオリンを教えることになりました。
ピエタ慈善院付属音楽院は親を亡くしたり、経済的に恵まれない子供たちを引き取り、教育を施しています。
特に音楽に才能のある少女たちに高い音楽教育をし、演奏会を行っていたのです。
そしてレベルの高い演奏で人気を得ていた音楽院での活動をしながら、ヴィヴァルディは教師としてたくさんの器楽曲や声楽曲を作曲しています。

また27歳の時にはベネツィアのアンニバーレ伯爵に「トリオ・ソナタ集」を、30歳でデンマークの国王フレデリック4世に「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集」を献呈しました。
さらに「調和の霊感」という協奏曲集を出版し、その実力がヨーロッパ中に知れわたることになっっていきます。

このように若い時から積極的に活動し、作品が世に広まっていったのですね。
豊かな才能が花開きました。

ヴィヴァルディの活躍

そして、オペラの作曲にも取り掛かり、35歳の時に「離宮のオットー大帝」を初演しました。
このオペラでも成功し、人気作曲家になって各地を演奏旅行することになっていきます。
演奏旅行のためピエタ慈善院付属音楽院での仕事はできなくなったのですが、儀式などの曲を提供し続けて、ピエタとの関係は続いていました。
これによって多くの協奏曲を作曲することができたのです。

そして47歳の時「和声とインベンションのこころみ」という協奏曲集を発表しました。
この中の最初の4曲があの有名な「四季」なんです。
しかし、ヴェネツィアではヴィヴァルディの才能や活躍を良く思わない人によって、批評文がばらまかれ窮地におちいります。
いつの世にも焼きもちを焼いて、相手を貶める人がいるのですね。

そこで、ヴェネツィアを出てオーストリアに行き、皇帝カール6世に「協奏曲集」を献呈しました。
カール6世はたいそう喜び賞金を与え、爵位も授けたそうです。
しかし、この絶頂期は長くは続かず、もともと身体が弱かったヴィヴァルディは、公演に次ぐ公演に疲れて、体調を崩してしまいます。

再起を図り、イタリアのフェッラーラで活動しようとしたのですが、演奏旅行や興行活動が司祭としてふさわしくない行動として、枢機卿(教皇に次ぐ最高位の聖職者)にこの地へ入ることを禁じられてしまいました。
晩年を迎えたヴィヴァルディは不運続きもあり、失意のうちに病気に見舞われて、63歳でこの世を去ってしまいます。
でも、すぐれた作品は今も生き続け、私たちに語り掛けているのですね。
バッハもヴィヴァルディの作品を取り寄せ、研究したそうです。

ヴィヴァルディの代表的な作品を一部紹介します

YouTubeでも聴くことができるので、興味がある人は是非聴いてみましょう。
Ⅰ「四季」
春、夏、秋、冬のすべてを聴くとそれぞれの季節に特有の情景を楽しむことができる       でしょう。
Ⅱ グローリア RV589
神の栄光をうたった宗教音楽で、ピエタ慈善院付属音楽院の生徒たちのために作曲されました。
管弦楽とコーラスで構成されています。
Ⅲ モテット:まことの安らぎはこの世にはなく
ソプラノ独唱と弦楽合奏で演奏され、澄み切った天上の音楽として印象深いものがあります。
Ⅳ 調和の霊感
弦楽器のための協奏曲で、この頃の器楽曲でもっとも優れたものの一つとされています。
バイオリンの名手だったヴィヴァルディならではの美しい曲です。
ヴィヴァルディが初めて出版した協奏曲としてもしたれています。
Ⅴ スターバト・マーテル
スターバト・マーテルとは「悲しみの聖母」と訳されている通り、我が子イエス・キリストが
磔刑(たっけい=はりつけの刑)に処されたときに聖母マリアが受けた、悲しみをうたったも    の。
深い悲しみが心に刺さる作品です。
Ⅵ マンドリン協奏曲ハ長調 RV425
マンドリンのかわいらしく、優しい音色にいやされます。

まだまだたくさんの名曲があります。YouTubeで検索して聴いてみると良いでしょう。
きっとあなたのお気に入りが見つかりますよ。

 

 

 

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