クラシック音楽って?
音楽の中でもクラッシク音楽は、とくべつなものという感じがしませんか?
クラッシク音楽と言われているのは、18世紀の後半から20世紀の初めのころにヨーロッパで作曲された名曲たちのことです。
バッハ、モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ショパンなどを思いうかべることができるのではないでしょうか。
いま、私たちは音楽を聴かない日は、ほとんどありませんよね。
学校、テレビ、ラジオ、街中、あらゆるところで音楽が流れてきます。
クラシック音楽だけでなく、ジャズやポピュラー音楽、ロックなどなど…。
では、音楽っていつ、どのようにして生まれたのでしょうか?
今聴いている音楽はとても長い年月をかけて、人びとの生活の変化にあわせて生まれてきたものなのです。
その歴史を振り返りつつ、クラシック音楽がどのようにして生まれたのかをお話ししていきましょう。
ぜひ最後まで読んでくださいね。
音楽の起源古代にはどのような音楽があったの?
音楽が生まれたのはとても昔、4万年以上も前のことなのです。
4万年以上前に誕生した「音を楽しむ」心
人びとは相手に何かを伝えるとき、声を出したり音の出るものを使ったりしていました。
そのうち、木や石でリズムをとったり、ひもを使って音を出し、高さを変えたりするようになったのです。
歌うということもこの頃からありました。
おもに合図などで使われていた音も、だんだん音を楽しむようになり、お互いの気持ちを表す音楽へと発展していったのですね。
古代文明の発達と楽器の誕生ギリシャ・エジプトでの役割
メソポタミアで発見された最古の楽器「リラ」と「ハープ」
世界で最も古い文明がうまれたメソポタミア(いまのイラクからイランあたりにわたる広い地域)、そののちのギリシャ、エジプトなどで音楽は大きな役割を持つようになりました。
メソポタミアでは、リラやハープが王様の古墳から発見されています。
今も使われている楽器のもととなったものが、この時代にもうできていたのですね。
紀元前500年(今から2500年前)古代ギリシャでもリラ、キタラといった弦楽器が使われていました。
古代ギリシャの教育と音楽、癒やしの「リラ」とプロの「キタラ」
リラは小さな竪琴で、現在のライアーの基(もと)になった楽器です。
やさしい音色にいやしの効果があるといわれ、教育にも大きな役割を持っていました。
キタラは大きな箱型の楽器で、リラより大きな音が出ます。
プロの演奏家がおどりや、詩の朗読などに伴奏をつけるために使っていました。
このように音楽は詩やおどり、学問とも深く結びつき、儀式や祭りごとにも無くてはならない役割を持つようになっていったのです。
現代に続く「Music」の語源とドレミの音階
古代ギリシャではこのころ、すでにドレミの音階も決められていました。
そして英語のMusicの語源ムーシケ(Mousike)という言葉も生まれています。
ムーシケとはギリシャ神話に出てくる太陽神アポロンに、ミューズが音楽や舞踊などの芸を披露したり、歴史を語ったりしたことを表す言葉です。
そこから音楽をあらわす言葉、Musicが生まれたのですね。
しかし、紀元前146年に古代ギリシャは、勢力を広げていたローマ帝国に侵略され、支配されてしまいました。
そこからローマ帝国は2000年以上も続いたのです。
ローマ帝国の時代、戦争の音楽からキリスト教聖歌へ
ギリシャ文化の継承と軍楽の発展
ローマ帝国では音楽や文化はギリシャの伝統を受け継いだ形で、独自の発展はあまり見らなかったようです。
戦争の多かったこの時代の音楽は軍楽が中心でした。
キリスト教の国教化と聖歌の広まり
そしてローマ帝国も後期になるとキリスト教が国の宗教として認められ、キリスト教聖歌がひろまります。
さまざまな地方の教会で独自の聖歌がうまれました。
それらの聖歌が中世のグレゴリオ聖歌に結びついていったのです。
中世ヨーロッパの音楽、祈りと人々の生活
ヨーロッパの中世と言われる時代はおおよそ5世紀から15世紀までの1,000年間を指します。
キリスト教が盛んになり、教皇というキリスト教で一番偉い人が、王様より権力を持つようになっていきます。
教会の権威と「グレゴリオ聖歌」の確立
音楽も教会で歌われる、神にささげる聖歌が中心となっていったのです。
そしてローマ・カトリック教会の典礼(キリスト教の決まり事にしたがって、行われる儀式)の時に歌われる聖歌がグレゴリオ聖歌として制定されました。
神を讃えるおごそかな雰囲気のグレゴリオ聖歌が、クラシック音楽の基礎になったのです。
宮廷文化と吟遊詩人、人々に愛された「世俗音楽」
また、この時代には教会音楽とはべつに、街中でも宮廷でも、人びとはいろいろな形で音楽を楽しんでいました。
貴族を楽しませるための音楽家や、吟遊詩人(ぎんゆうしじん)と呼ばれる人たちがあらわれ、詩や歌でおもしろい出来事やニュースを伝え歩いていたのです。
吟遊詩人は下記のように、いろいろな形で存在していました。
●トルバドゥール・トルヴェール (南仏・北仏):宮廷貴族や騎士が、高い教養で作詞した歌を
宮廷などで披露
●ミンネジンガー(ドイツ):愛をうたう騎士階級の詩人
●ミスンストレル・ジョングルール:庶民を楽しませる大道芸人や、旅をして各地の面白い
ニュースを伝え歩く楽士
これらは教会音楽に対して世俗(せぞく)音楽といわれますが、今でいうポピュラー音楽のようなものですね。
まとめ:音楽は生活の変化とともに進化しました
この時代は王様や貴族が中心の宮廷(きゅうてい)文化も栄えました。
お祝い事や、お城の中で行われるパーティー、儀式などで演奏されるはなやかな音楽も大切な役割をもっていたのです。
音楽が中世の人びとの生活の中で、長い時間をかけて発展してきたこと、大きな役割を持つようになってきたことが感じられたでしょうか。
次回は中世が終わるころから、次のルネサンスの時代に現れた音楽についてお話ししますね。

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